2020年11月11日

ブーツのサイズ調整。 あるあるじゃないよ篇

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この手のブーツは履きこなせるまでに数年かかるようですが、
なので皆さん履き始めの段階でギブアップされる方も多いようです。
履きこなせるというのはファッション的な話ではなく、
快適に足に馴染んで歩行ができるか、ということになります。

今回のブーツもアッパーの革が3.5mmとのことですが、
実際にはもっとあるように見えます。(一般的な靴は1.0から1.5mmくらい)
ソールも鬼厚ですのでほとんど曲がらないんじゃないかと思えます。
この手の靴に私はもうチャレンジする気力と体力はない感じです・・。

厚みのある良質な革が手に入らなくなったということで、この靴の
製造メーカーではすでに廃盤にされているモデルとのことでした。

牛が育つには餌となる飼料が必要で、飼料が育つには天候が
良くなくてはいけないのですが、近年の異常気象により穀物の成育不良や
不作により餌の値段が高騰し、その結果、牛に与える餌の質や量が制限され、
そうなると栄養が少なければ牛が健康に育たないので革の質も悪くなる、
ということで以前に比べ革の質は悪くなってきている、と革屋さんに
聞いたことがあります。
(といっても革はあくまでも食用で屠殺される際の副産物ではありますが)

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今回はこの手の靴のあるある、硬くて痛くて履けないのでなんとかならないか?
案件ではなく、すでにこの手の靴を履きこなされてきた
ブーツマスターなお客さん。
しかしワンサイズ大きいのを購入してしまったのでサイズ調整をとのこと。
確か廃盤になるので大きいけど買ってしまった・・とかだったと思います。

これはあるあるになりますが、この手のごついブーツに
「ミンクオイルを塗れば少しは柔らかくなりますかね?」
としばしば尋ねられますが、この手の靴以外でもそうですが、
私としては靴全般にミンクオイルはオススメしておりません。

ミンクオイルの油分は他のオイルに比べ浸透しやすい為、革の繊維深くまで
行き渡りその結果、適量を間違えると(だいたい多量に塗布してしまう)
革に含有するオイルが飽和状態になり、常にふやけた状態となってしまい
最悪、繊維がほぐれて革の表面が割れてきてしまう事もあります。
紙を水で濡らしているとほぐれていく感じと例えると分かりやすいでしょうか。

そして常に油分で湿っているので日本の高温多湿の環境では
カビの繁殖にはもってこいの状態となります。
それと湿っているので磨いても艶が出ないんです。
そしてこうなってしまうともう元の状態には戻せません・・・。

昔、ブーツが日本に紹介された際に一緒にミンクオイルも合わせて紹介された
ようで、そのイメージが強く今でもブーツといえばミンクオイルとなっている
ようですが、アメリカ大陸の乾燥した地域であれば適しているようですが、
日本のような高温多湿ではレザーローションや乳化性の靴クリームでの
メンテナンスで十分だと思います。

ブーツマスターにも伺ったところ、やはり昔ミンクオイルを使われていた頃に
カビだらけになって終了した靴があったとのことでした。

初回ご来店の際に通常のサイズ調整用のインソールで確認したのですが、
それだと甲の部分が余っているとのことで、
(通常は踏みつけあたりの屈曲部を嵩上げするので前側だけになっています)
新たに踏まずあたりから持ち上げるようにインソールを用意し
確認していただくと、
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いい感じということでインソールでの調整はOK。
全敷と調整用の革二枚合計で、つま先側はだいたい6.0mmぐらいの厚みに。
足囲にしたら計算上はEEEからEに2サイズダウンな感じです。
通常こんなに底上げしたら指先が上部に当てってしまうのですが
ごついブーツなのでもともとゆとりがあるのか指あたりは大丈夫との
ことでした。(もともと敷かれていた市販のスニーカータイプ系の
インソールが同じくらいの厚みでしたのでそれを目安にしました)

それと今回のブーツはヒールが高いので前側のインソールを6.0mmと
厚く入れても許容できる範囲ですが(もちろん初めの設定から変更しない
のがベストですし、許容できるかどうかご本人次第ではあります)
ヒールが低い靴の場合はつま先側をインソールで底上げすぎてしまうと
その分前後の高低差がなくなっていきバランスが悪くなってしまうので
靴によってそれぞれ限度はあります。

指周りの具合はOKなのですが、できれば踵部分をもう少し
左右からフィットさせたいとのこと(踵の横幅を窮屈にするイメージ)
通常の短靴の場合にも右足だけかかと内側に革を一枚追加して
補修されたことがあり、それでいつも丁度いいとのことでした。
こんな感じでかかとのパーツの形状に合わせて革を内側に追加する
イメージです。(黄色線)
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それではということでお預かりして型採りをして腰革を準備していたのですが
実際にこの革を手で持って筒に突っ込んでジャストな位置に皺なく綺麗に
貼り込められるのだろうか?という疑念が・・・。

しかも業務用の接着剤は貼る面と貼られる面の両側に接着剤を塗布して
貼ることで接着強度が高く仕上がるのですが、ブーツの内側の窪んだ部分に
適正な範囲で接着剤が塗布できるのか?
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しかも接着が強いので貼り直しはできずワンチャンス、まあ無理だろうな
ということでかかと中央部分で左右にパーツを分割し接着することに。
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しかしこの分割は結果的にはよかったんですが。
今回右足だけ緩いので右足だけかかと内側を狭めるのですが、
かかと部分にぐるっと革を回してしまうと、僅かですが右足だけ革の厚み分
かかとが前に押し出されます。

なので当初の予定では踵中央部分周辺の革を漉いて(斜線部)厚みを薄くする
予定でしたので、中央部分を薄く漉くというのは作業的にどの程度薄くなって
いるのか判断し難かったので、左右に分割したことで端を薄く漉くので
厚みの確認がし易く適正な厚みに加工できました。
こんなイメージです。
パーツ周囲を漉いているのは革の厚みがそのままだと足入れの際に
その段差で引っかかりめくれていきやすいので漉いています。
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そしてこれを内側に仮固定して履いていただくと、
踝下あたりをできればもう少し窮屈に・・ということですが
塩梅が難しいですがやってみましょうということに
(画像のこの面が靴本体との接着面になります)
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取り付けるとこんな感じになっています。
斜線部分に革を追加して踝下がフィットするようなイメージです。
イメージとしては斜線部分を出っ張らせることで歩行の際に踵が上に
抜けないようなイメージです。
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ファスナーがついていないブーツということは足がそのまま入るように
形状としてはくびれのない寸胴形状で、甲から足首周辺もゆったりできています。
ですので歩行の際には甲の部分が抑えられずに踵が靴から抜けがちです。
ソールも重く分厚く曲がらないので余計にそうなりがちです。

ただブーツに限らずですが、がっちりと作られた靴というのは馴染むまで
難儀ですが、追々、自分の足に馴染んできてしまうとその頑丈さが今度は
足をしっかりとホールドしてくれるということになります。
逆に初めからやわやわな靴というのは靴下のようにどこもアタリがなく
楽チンではあるのですが、その分へたりやすかったり足を支えてくれる
強度がないので足なりに靴も変形しやすかったりもします。

数年前のヤフーニュースで確かアメリカの論文で発表されたかで
「ビーチサンダルは足に悪い」というニュースがありました。
それはビーチサンダルはソールが柔らかいので、体重が重い人が履いていると
ソールが片側に潰れた状態で歩行することになるので、その結果、
骨格や筋肉に影響が生じる・・みたいな論文だったかと思います。

それと細いストラップで固定しているだけなので脱げないように
無意識に指先を掴むように曲げていたりする為に足底筋膜炎などに
なりやすいとのことでした。

これはビーチサンダルに限らずサイズが合っていない靴や
あまり足を支えない構造の靴は同じなんだと思います。
ただ柔らかい靴がダメかというとそうでもなくて、要は時と場合による
ということでもあると思います。
海水浴にブーツは履きたくないわけですし。

ちなみにサイズが合っていない場合ですが(そもそも試着して
店内をちょっと歩く程度で合う合わないがわかる訳もないのですが)
目安としては指周りが若干きついのであれば履いていくことである程度は
革の伸びと(革の種類と靴のデザインによってはあまり期待できない場合もある)
中底の沈下で後々アジャストしてくる可能性はありますし、緩いのであれば
今回のようにインソールで調整もある程度は可能です。

根本的にダメなのは靴の縦方向が長い場合、
「足が前に滑ってかかとに1.0cm隙間があるんですけど・・・」みたいな
お問い合わせがしばしばありますが、これは残念ながら当店では基本的に
ご対応不可となります。ローファーでよくありがちなのでご注意ください。




それと前に滑るからといってつま先にティッシュを詰めない方がいいです。
パンプスを修理していると時々指先に詰められたティッシュの塊が
落ちてくることがあります。おそらく足が前にずれてかかとがパカパカ
するので詰めているのだと思いますが、それだと指先がぶつかってしまい
靴内部で指が浮いている、折り曲がった状態で歩行することになるので
ハンマートゥなどの疾患になる場合もありますのでお気をつけください。

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最後にもともとある踵周辺の縫い目を利用して縫製できる部分は
縫製して内側に貼り付けた革を縫い留めて完成となります。
(縫い目に重ねて縫製しているの見栄えは変わりません)
履いていただくとブーツマスターから「いい感じです」いただけました。

今回のごつい靴に限らずですが、新しい靴は履き慣らし期間が必要だと思います。
しっかりと作られた靴は尚更ですが、すぐにギブアップせず靴に自分の足の形を
覚えさせる猶予を与えていただければと思います。
(もちろん炎症や激痛がある場合は違いますが)

ampersandand at 11:23│ 靴修理